【事例に学ぶ】地図とデータで地域を読み解く:GISによる課題発見と計画策定の実践
はじめに:地図情報の眠れる力
自治体業務において、地図は非常に身近な存在です。ハザードマップ、都市計画図、施設配置図など、様々な場面で利用されています。しかし、これらの地図情報が単なる「絵」として static に使われるだけで、そこに紐づく様々な地域データ(人口統計、施設利用状況、アンケート結果など)と組み合わせて分析・活用しきれていないケースも少なくありません。
ここで力を発揮するのが GIS(地理情報システム:Geographic Information System) です。GISは、位置情報を持つデータ(地図上の場所を示す情報)と、それに関連する属性データ(例えば、その場所の人口、年齢構成、地価、施設の種類など)をコンピューター上で統合的に管理し、分析・表示するシステムです。GISを活用することで、地域の現状や課題を「地図上で」「多角的に」把握することが可能になり、より効果的な計画策定や意思決定に繋げることができます。
本記事では、GISが地域課題の発見や計画策定にどのように役立つのか、具体的な事例を交えながら、自治体職員の皆様がGIS活用を始めるためのヒントをご紹介します。
GISで何ができるのか?具体的な活用事例
GISを活用することで、これまで見えにくかった地域の課題が浮かび上がったり、施策の優先順位を検討するための客観的な根拠を得られたりします。ここでは、いくつかの具体的な活用事例をご紹介します。
事例1:高齢者福祉サービスの最適化
- 課題: 高齢者の孤立や移動手段の確保が問題になっている地域がある。しかし、どの地域にどのようなニーズがあるのか、感覚的にしか把握できていない。
- GIS活用:
- 住民基本台帳データから抽出した高齢者の居住地情報を地図上にプロットします。
- 既存の高齢者施設(デイサービス、集会所など)や公共交通機関のルート、停留所の位置情報も地図上に重ね合わせます。
- さらに、アンケート結果や相談記録から得られた「移動に困っている」「近所に気軽に集まれる場所がない」といったニーズに関するデータを、該当する地域の属性情報として紐づけます。
- 得られる分析結果:
- 高齢者が多く居住しているにも関わらず、近くに施設や公共交通の停留所がない「サービスの空白地帯」を地図上で特定できます。
- 特定の地域にニーズが集中していることが「見える化」されます。
- 計画への応用:
- 特定された空白地帯に対して、デマンド交通の導入を検討したり、既存施設までの送迎サービスを強化したり、新たな住民交流拠点の設置を検討したりするなど、地域の実情に合わせたきめ細やかな福祉サービスの計画策定に繋げられます。
事例2:防災・減災対策の強化
- 課題: 自然災害発生時における避難行動や避難所の運営について、より実効性のある計画を策定したい。特に、避難に支援が必要な方々への対応が課題となっている。
- GIS活用:
- ハザードマップ(洪水浸水想定区域、土砂災害警戒区域など)を地図上に表示します。
- 指定避難所、指定緊急避難場所の位置情報を重ね合わせます。
- 避難行動要支援者名簿に登録されている方々の居住地情報をプロットします。
- 道路情報や地形データ(標高)も組み合わせます。
- 得られる分析結果:
- ハザードエリア内に居住する避難行動要支援者の方々が、どの避難所に避難することが想定されるのか、その避難経路に危険な箇所はないかなどを地図上で確認できます。
- 特定の避難所に多くの避難者が集中する可能性があることや、避難所へのアクセス経路が限定される箇所などを特定できます。
- 計画への応用:
- 避難行動要支援者の方々への個別避難計画策定の優先順位を検討したり、地域ごとの避難支援体制(共助)の強化が必要な箇所を特定したりできます。
- 避難所の収容能力と想定される避難者数を比較し、必要に応じて避難所開設計画を見直すことができます。
- 危険箇所を避けるような推奨避難経路を検討し、住民への周知に活用できます。
事例3:地域資源を活かした観光・産業振興
- 課題: 地域の隠れた魅力を発掘し、観光客誘致や地域産品の販路開拓に繋げたいが、地域資源がどこにどれだけあるのか、どのような特徴を持つのかを十分に把握できていない。
- GIS活用:
- 地域内の観光資源(景勝地、歴史的建造物、体験施設、温泉など)、特産品の生産地、飲食店、宿泊施設などの位置情報を地図上に登録します。
- 来訪者のアンケートデータやSNS上の位置情報付き投稿などを分析し、よく訪れられている場所や行動パターンを地図上に可視化します。
- 地域の人口動態データや消費データなどを属性情報として紐づけます。
- 得られる分析結果:
- 特定の観光スポット間の移動が少ない、特定のエリアに魅力的な店舗が集中しているなど、地域資源の分布状況や観光客の行動パターンにおける課題や強みを地図上で把握できます。
- 特定の特産品生産地の周辺に、その特産品を提供する飲食店や販売店が少ないといった「連携不足」が見える化されます。
- 計画への応用:
- 観光ルートの開発や周遊促進のための情報発信拠点の設置場所を検討できます。
- 特定のエリアに集客施設を重点的に配置する戦略を立てられます。
- 特産品生産者と飲食店・販売店との連携強化が必要なエリアを特定し、マッチングイベントなどを企画できます。
自治体職員がGIS活用を始めるための第一歩
「GIS」と聞くと専門的で難しそう、高価なシステムが必要そう、と感じるかもしれません。しかし、近年は比較的容易に始められる選択肢も増えています。
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まずは「何を知りたいか?何を改善したいか?」を明確にする:
- 漠然と「データ活用」を考えるのではなく、「高齢者の見守り対象者を効率的に把握したい」「空き家が多いエリアとその原因を分析したい」など、具体的な課題や目的に焦点を当てることが重要です。目的が明確になれば、必要なデータや分析方法が見えてきます。
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利用できるGISツールを検討する:
- 本格的な商用GISソフトウェアは高機能ですが高価な場合があります。まずは以下の選択肢も検討できます。
- オープンソースGISソフトウェア: QGISなどに代表される無料で使用できる高機能なソフトウェアです。学習コストはかかりますが、多くのことができます。
- クラウド型GISサービス: Webブラウザ上で利用できるサービスです。初期費用を抑えられたり、情報共有がしやすかったりするメリットがあります。無料プランや試用期間があるサービスもあります。
- Web地図サービスのカスタマイズ: Google Maps PlatformなどのWeb地図サービスをカスタマイズし、簡易的なデータ表示や分析を行うことも可能です。
- 庁内の既存システム: 既に都市計画や上下水道などの部署でGISが導入されている場合があります。これらのシステムの一部機能を利用したり、関連部署と連携したりできないか確認してみましょう。
- 本格的な商用GISソフトウェアは高機能ですが高価な場合があります。まずは以下の選択肢も検討できます。
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利用可能なデータを収集・整備する:
- 国や都道府県が公開しているオープンデータ(統計情報、道路情報、土地情報など)は、GIS分析の強力な基盤となります。政府のE-Statや国土交通省のG空間情報センターなどを活用できます。
- 自治体内部で保有しているデータ(住民情報、固定資産情報、各種申請情報、施設利用情報など)も、個人情報に配慮しつつ、匿名化や集計を行うことで貴重な情報源となります。これらのデータに住所や施設コードなど、位置情報に紐づけられる項目が含まれているか確認しましょう。
- 必要に応じて、アンケート調査や現地調査で新たなデータを収集することも検討します。
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小さなテーマで試してみる:
- いきなり大規模なプロジェクトに取り組むのではなく、まずは特定の小さな地域や特定の課題に絞ってGIS分析を試してみましょう。例えば、「〇〇町内の高齢者分布と医療機関のアクセス」といったテーマから始めることで、GISの基本的な操作やデータ扱いに慣れることができます。
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庁内外のリソースを活用する:
- 庁内にGISの経験者がいないか探してみましょう。他の部署で既に活用している職員がいるかもしれません。
- 外部の専門家(コンサルタント会社、大学、GISベンダーなど)に相談することも有効です。データ整備や高度な分析を依頼したり、職員向けの研修を依頼したりすることも検討できます。
GIS活用を成功させるためのポイント
- 目的と期待効果を明確に共有する: GIS活用を通じて何を達成したいのか、関係者間で共通認識を持つことが重要です。
- 部署間の連携を促進する: 位置情報は多くの部署の業務に関連します。部局横断でデータを共有・活用できる体制を目指しましょう。
- データの質と鮮度を確保する: 分析の精度はデータの質に左右されます。定期的なデータ更新やメンテナンスが不可欠です。
- 分析結果を分かりやすく共有・活用する: GISで得られた分析結果を、関係者や住民に分かりやすく提示するための工夫(地図レポート、WebGISでの公開など)が必要です。分析して終わりではなく、その結果を計画や施策に反映させることが最も重要です。
まとめ
GIS(地理情報システム)は、地域が持つ様々なデータを「地図」という共通の基盤上で統合し、新たな視点から分析することを可能にする強力なツールです。人口減少、高齢化、防災、地域経済活性化など、自治体が直面する複雑な課題に対して、データに基づいた客観的な現状把握と、より効果的で地域の実情に即した計画策定を支援してくれます。
「地図」は誰にとっても馴染みやすいインターフェースです。GISを活用してデータ分析の結果を地図上に表示することで、専門家でない住民の方々や議会に対しても、課題の現状や計画の根拠を分かりやすく説明することができます。
まずは、皆様の部署や地域が抱える具体的な課題の中から、「地図」と「データ」を組み合わせることで何か新しい発見がありそうなテーマを選んでみてはいかがでしょうか。小さな一歩からでも、GIS活用によるデータ駆動型のまちづくりは着実に進んでいきます。本記事が、皆様の地域におけるGIS活用推進の一助となれば幸いです。