【事例に学ぶ】データで地域課題を「見える化」:具体的な発見・分析手法
漠然とした地域課題をどう捉えるか:データ「見える化」の可能性
多くの自治体において、地域活性化や住民サービスの向上は重要な課題です。しかし、「人口減少が進んでいる」「地域経済が停滞している」「高齢者の孤立が心配だ」といった課題は、分かってはいても、その具体的な原因や影響範囲、そしてどこから手をつけて良いのかが不明確な場合が少なくありません。
このような漠然とした課題に対して、データ活用は非常に有効なアプローチとなります。データを用いることで、感覚や経験に頼るだけでなく、客観的な根拠に基づき、課題の「見える化」を進めることができるからです。課題が見えれば、取るべき対策も明確になります。
本記事では、地域課題をデータで「見える化」し、具体的な解決策へと繋げるためのステップと、その実践に役立つ手法、そして具体的な事例をご紹介します。データ活用にまだ慣れていない自治体職員の皆様にも分かりやすいように、専門的な内容は避け、実践的な視点から解説いたします。
地域課題の「見える化」とは?なぜデータが必要なのか
地域課題の「見える化」とは、地域が抱える問題やその原因、影響、特性などを、データを用いて客観的に把握し、誰もが理解できる形(グラフや地図など)で示すことです。
なぜデータが必要なのでしょうか?
- 客観的な根拠: 感覚的な議論ではなく、数値や事実に基づいた議論が可能になります。
- 課題の深掘り: 見た目の現象だけでなく、データの分析から潜在的な原因や関連性を探ることができます。
- 関係者間の共通認識: グラフや地図など、視覚的な情報を用いることで、住民、議会、庁内各部署など、様々な関係者間で課題認識を共有しやすくなります。
- 優先順位付け: 複数の課題がある場合、データの分析結果から、より影響が大きい課題や、対策の効果が見込める課題を特定し、優先順位をつける判断材料となります。
データで地域課題を「見える化」する具体的なステップ
地域課題をデータで「見える化」し、解決に繋げるための一般的なステップをご紹介します。
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課題の仮説設定と必要なデータの洗い出し: まず、「おそらくこれが課題だろう」「この現象の背景には〇〇があるのではないか」といった仮説を立てます。例えば、「若者の流出が多い」という仮説に対して、「どんな年齢層が」「どこへ」「なぜ」転出しているのかを知るために、人口動態データ、転出入先のデータ、地域産業構造データ、大学・企業の所在地データ、アンケート調査データなどが必要ではないか、と必要なデータをリストアップします。
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データの収集: リストアップしたデータを収集します。自治体が保有する内部データ(住民基本台帳、税データ、施設利用データなど)はもちろん、国や県のオープンデータ(統計データ、地理空間情報など)、民間企業のデータ(携帯電話の位置情報、クレジットカード決済データなど)、ウェブ上の情報(SNSデータ、口コミなど)、そして独自に実施するアンケートやヒアリングなども重要な情報源となります。
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データの加工・整理: 収集したデータは、そのままでは使えないことがほとんどです。形式がバラバラだったり、不要な情報が含まれていたり、誤りが含まれていたりします。分析しやすいように、データを整形(クリーニング)し、必要な情報だけを抽出、統合するといった加工・整理作業を行います。Excelなどの表計算ソフトでも基本的な加工は可能です。
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データの分析・可視化: 加工・整理したデータを用いて分析を行います。特定の課題と関連が深いデータ同士を比較したり、時系列での変化を見たり、地域ごとの違いを比較したりします。分析結果は、グラフ(棒グラフ、折れ線グラフ、円グラフなど)や地図(ヒートマップ、コロプレス図など)、ダッシュボードなどで分かりやすく「見える化」します。これにより、数字だけでは見えなかった傾向や特徴が浮き彫りになります。
- 分析ツールの例:
- Excel, Google Spreadsheets: 基本的な集計、グラフ作成
- BIツール(Tableau, Power BI, Qlik Senseなど):対話型のダッシュボード作成、多角的な分析
- GIS(地理情報システム):地図上でのデータ可視化、空間分析
- 統計解析ソフト(R, Pythonなど):より高度な統計分析(専門知識が必要な場合も)
- 分析ツールの例:
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分析結果からの示唆抽出と施策への接続: 可視化されたデータから、どのような示唆が得られるかを考察します。「特定の地域で高齢化が急速に進んでいる」「若い子育て世帯の転出が多いのは、駅からの距離が遠い地域だ」「特定のイベント開催時に地域経済が活性化する傾向がある」など、具体的な課題の姿や原因、影響範囲を特定します。そして、この示唆に基づき、どのような施策が有効かを検討し、実行計画に繋げます。
事例に学ぶ:データ「見える化」で明らかになった地域課題
ここでは、データ活用によって地域課題が「見える化」され、施策に繋がった具体的な(一般的な)事例をご紹介します。
事例1:若者定着に向けた課題の特定
- 漠然とした課題: 「大学を卒業した若者が地域に残らない」
- 仮説: 「地域に魅力的な雇用機会が少ないのではないか」「生活環境が魅力的でないのではないか」
- データ収集・分析・可視化:
- 人口動態データ: 大学卒業後の地域内外への転出入状況を分析。特に、どの大学から、どの地域へ転出が多いかを地図で可視化。
- 産業データ・企業データ: 地域の産業構造、新規企業の設立状況、求人情報を分析。大学で学んだ分野と地域産業のマッチング度合いを可視化。
- アンケート調査: 地域に残った若者、転出した若者双方に、地域を選んだ(選ばなかった)理由、重視する点を調査。結果をクロス集計し、グラフで可視化。
- 「見える化」で明らかになったこと:
- 転出先の多くは、県外の大都市圏であること。
- 地域産業に、大学で専門的に学んだ分野(例:IT、デザインなど)を活かせる企業が少ないこと。
- アンケートからは、「多様な働き方ができる環境」や「都市部に準ずるエンターテイメント施設」を重視する意見が多いことが判明。
- 施策への接続: データ分析から、若者定着には単なる雇用創出だけでなく、特定の分野の企業誘致や創業支援、多様な働き方を推進する環境整備、若者が交流できる場の創出などが有効であることが示唆されました。これに基づき、ターゲットを絞った企業誘致策や、コワーキングスペース整備、若者向けイベント支援などの施策を具体的に検討・実施しました。
事例2:地域交通における住民ニーズの把握
- 漠然とした課題: 「公共交通の利用者が減少している」「地域住民の移動が不便になっている地域がある」
- 仮説: 「バス路線がニーズに合っていないのではないか」「高齢者の移動手段が不足しているのではないか」
- データ収集・分析・可視化:
- バス乗降データ: 各バス停、路線の時間帯別、曜日別の利用者数を分析。利用者の少ない時間帯や路線、利用者の多いバス停周辺の特性を可視化。
- 住民アンケート: 移動手段、移動目的、不便を感じる点、理想の公共交通などについて調査。特に、高齢者や子育て世代の回答を詳細に分析・可視化。
- 地理情報システム (GIS): 高齢者人口分布、公共施設(病院、スーパーなど)の所在地、バス停からの距離を地図上で重ね合わせて可視化。バス停から遠い高齢者人口密集地帯などを特定。
- 「見える化」で明らかになったこと:
- 特定の時間帯や地域では、バス利用者が極端に少ない一方、病院や商業施設へのアクセス手段がない高齢者が多く存在すること。
- 子育て世代からは、ベビーカーでの乗降のしやすさや、荷物が多い際の利便性に関するニーズが高いこと。
- 既存のバス路線が、必ずしも住民の生活動線と合致していない地域があること。
- 施策への接続: 分析結果から、需要の少ない路線廃止を検討すると同時に、オンデマンド交通の導入による柔軟な移動手段の提供、バス車両のバリアフリー化、バス停周辺のインフラ整備、そして住民ニーズを反映した路線再編といった施策が有効であることが示唆されました。特にGISによる可視化は、具体的なサービス提供エリアの検討に役立ちました。
「見える化」を成功させるためのポイント
地域課題の「見える化」は、データがあればすぐにできるわけではありません。成功させるためには、いくつかのポイントがあります。
- 目的を明確にする: 「何のためにこのデータ分析を行うのか」「どのような課題を明らかにしたいのか」という目的を最初に明確にすることが重要です。目的が曖昧だと、どんなデータを集め、どう分析すれば良いのかが分からなくなってしまいます。
- スモールスタートで始める: 最初から完璧なデータ分析を目指す必要はありません。庁内に既にあるデータや、入手しやすいオープンデータなど、手元にあるデータで小さな課題から「見える化」を始めてみることが効果的です。成功体験を積み重ねることで、次のステップへと繋げやすくなります。
- 庁内連携を密にする: 課題は特定の部署だけに関わるものではありません。福祉、企画、産業、土木など、関連する部署と連携し、それぞれの持つデータや知見を共有することが、課題の多角的な理解とより効果的な「見える化」に繋がります。
- 外部の知見やツールの活用を検討する: データ分析や可視化には専門的な知識やツールが必要な場合があります。必要に応じて、大学や研究機関、コンサルティング会社、ITベンダーなど、外部の専門家の支援や、使いやすい分析ツールの導入を検討することも有効です。
- 「見える化」で終わりではない: データで課題が見えても、それが施策実行に繋がらなければ意味がありません。「見える化」はあくまで課題解決のための手段です。分析結果から得られた示唆を基に、具体的な行動計画を立て、実行し、さらにその効果をデータで検証するというサイクルを回していくことが重要です。
まとめ
地域が抱える複雑な課題に対して、データ活用による「見える化」は、客観的な根拠に基づいた課題発見と、効果的な施策立案のための強力な手法です。最初の一歩は難しく感じるかもしれませんが、まずは身近なデータから、特定の小さな課題に焦点を当てて「見える化」を始めてみてください。
データによって、これまで気づかなかった地域の姿が見えてくるはずです。その気づきが、より良い地域づくりのための具体的な行動へと繋がる第一歩となることを願っています。