【事例に学ぶ】データ分析で変わる公共施設管理:利用率向上と維持コスト削減
はじめに:多くの自治体が抱える公共施設の課題
全国の多くの自治体では、公民館、体育館、図書館、福祉施設といった公共施設の管理・運営に関して様々な課題を抱えています。施設の老朽化、利用率の低迷、そしてそれに伴う維持管理コストの増大は、限られた予算の中で地域サービスを提供する自治体にとって、非常に重い負担となっています。
これらの課題に対して、「なんとなく」や「これまでの経験」に基づいた対応だけでは、根本的な解決が難しい場合があります。そこで注目されているのが、データに基づいた客観的な分析と意思決定です。
本記事では、公共施設の管理・運営にデータ活用がどのように役立つのか、具体的なステップや考え方、そして事例から学べる実践的なヒントをご紹介します。データ活用の専門知識がない自治体職員の方でも、第一歩を踏み出すための情報を提供できれば幸いです。
なぜ公共施設管理にデータ活用が必要なのか
公共施設の管理におけるデータ活用は、以下のようなメリットをもたらします。
- 現状の正確な把握: 施設の利用状況、コスト構造、住民ニーズなどを客観的なデータで把握できます。これにより、「使われていると思っていた施設が実は低利用だった」「特定の時間帯だけ極端に混雑する」といった、感覚だけでは気づきにくい課題が明らかになります。
- 根拠に基づいた意思決定: データ分析の結果に基づき、施設の改修、用途変更、統廃合、利用料金の見直し、新たなサービス提供などの判断を、より確かな根拠を持って行うことができます。
- 効率的な資源配分: 利用率の高い施設への重点的な投資や、維持コストが高い低利用施設への対応策など、限られた予算や人員を効果的に配分することが可能になります。
- 住民サービスの向上: 住民の実際の利用状況やニーズをデータから読み解き、それに応じた施設運営やプログラムを提供することで、住民満足度を高めることができます。
- 説明責任の履行: データは、議会や住民に対して施策の必要性や効果を説明する際の強力な根拠となります。
これらのメリットを享受するために、公共施設管理におけるデータ活用は不可欠と言えるでしょう。
公共施設管理で活用できるデータとその種類
公共施設管理において活用できるデータは多岐にわたります。主なものをいくつかご紹介します。
- 施設の利用に関するデータ:
- 予約システムデータ: 予約件数、予約時間帯、利用目的、利用者属性(登録情報から)など。
- 入館者数データ: 入館ゲートやカウンターで計測した日時ごとの人数。
- Wi-Fiログデータ: 施設内での接続人数や滞在時間(プライバシーに配慮が必要)。
- 貸室・貸切利用データ: 利用頻度、利用団体、利用目的、稼働率など。
- コストに関するデータ:
- 維持管理費: 光熱費、水道費、修繕費、清掃費、警備費など(施設別、項目別)。
- 人件費: 施設の運営に関わる職員や委託費。
- 建設・改修費: 過去の投資額。
- 住民・利用者に関するデータ:
- アンケート結果: 施設への満足度、利用目的、要望、改善点など。
- 窓口への意見・問い合わせデータ: 施設に対する意見や要望の内容。
- 地域住民データ: 人口構成、年齢別人口、昼夜間人口など(施設利用圏域のデータ)。
- その他:
- 施設に関する基本情報: 面積、築年数、構造、設備情報。
- 立地・周辺環境データ: 最寄り駅からの距離、周辺の商業施設や住宅地の情報、競合施設の有無。
これらのデータは、多くの場合、既に自治体内で収集・蓄積されているものや、比較的容易に収集可能なものが含まれます。まずは手元にあるデータを確認することから始めてみましょう。
データ活用を始めるためのステップ(初心者向け)
専門的な知識がなくても、公共施設管理におけるデータ活用は始めることができます。以下に、現実的なステップをご紹介します。
ステップ1:目的と対象施設を明確にする
- 漠然と「データ活用」を始めるのではなく、「〇〇公民館の平日の昼間利用率を10%向上させる」「△△体育館の年間維持コストを5%削減する」のように、具体的な目的を設定します。
- いきなり全ての施設を対象にするのではなく、特定の課題を抱える施設や、比較的データの集めやすい施設など、スモールスタートに適した施設を選びます。
ステップ2:必要なデータを特定し、収集方法を確認する
- ステップ1で設定した目的達成のために、どのようなデータが必要かを考えます。(例: 利用率向上なら利用時間帯別のデータ、コスト削減なら詳細な維持管理費データ)
- そのデータが現在どのように収集されているか、あるいは全く収集されていないかを確認します。
- 既存の予約システムや入館者カウンターがあれば、そのデータを活用できないか確認します。データがバラバラに管理されている場合は、どのように集約するかを検討します。
- 必要なデータが不足している場合は、簡単な集計シートの導入や、安価な入館者カウンターの設置など、無理のない範囲でのデータ収集方法を検討します。
ステップ3:データを整理し、分かりやすく可視化する
- 集めたデータをExcelやGoogleスプレッドシートなどの表計算ソフトで整理します。
- グラフ機能を使って、利用件数の推移、時間帯別・曜日別の利用状況、コストの項目別内訳などを可視化してみましょう。円グラフ、棒グラフ、折れ線グラフなど、データの種類や伝えたい内容に合わせて使い分けることが重要です。
- 専門的なBIツールなどは必須ではありません。まずは身近なツールで「見てわかる」形にすることが大切です。
ステップ4:データから課題やヒントを読み解く
- 可視化したグラフを見ながら、「なぜこの時間帯は利用が少ないのだろう?」「この修繕費が高いのはなぜか?」といった問いを立ててみます。
- 例えば、特定の曜日の午後に利用が激減しているデータがあれば、その時間に何か地域のイベントがあるのか、あるいはターゲット層が利用しにくい理由があるのか、といった仮説を立てることができます。
- 複数のデータを組み合わせることで、より深い洞察が得られることもあります。(例: 維持費が高い施設の利用率が低いことが分かれば、施設のあり方自体を見直す検討につながる)
ステップ5:データに基づいた施策を企画・実行する
- ステップ4で見つかった課題やヒントをもとに、具体的な改善策を企画します。
- (例: 利用率が低い時間帯に、その時間帯に利用しやすい層(高齢者など)向けのプログラムを試験的に実施する、複数の低利用施設のうち地理的に近いものを統合する検討に入る、など)
- 実行可能なものから、小さく始めてみましょう。
ステップ6:効果測定と継続的な改善
- 施策を実行したら、再びデータを収集・分析し、施策の効果を測定します。(例: プログラム実施後にその時間帯の利用率がどう変化したか、統廃合検討によるコストシミュレーションの結果など)
- 効果が確認できれば本格実施や他施設への横展開を検討し、効果が不十分であれば改善策を見直します。データ活用は一度で終わりではなく、継続的にPDCAサイクルを回すことが重要です。
事例に学ぶデータ活用のヒント
具体的な自治体名を挙げることは難しい場合もありますが、データ活用によって公共施設管理が改善された事例は各地で見られます。その考え方をご紹介します。
-
事例の考え方1:利用率向上への示唆
- データ分析: 市民会館の貸室予約データを時間帯別・曜日別・利用目的別に集計。平日の午前中や週末の午後に特定の部屋の稼働率が極めて低いことが判明。
- データからの洞察: 地域の高齢化率が高い一方で、午前中に利用できるプログラムが少ないのではないか? 週末の午後には地域の他のイベントと競合しているのではないか?
- 施策例: 平日の午前中に高齢者向けの健康講座や趣味のサークル活動誘致を企画・広報。週末午後の利用促進のため、地域のイベント情報を収集し、会館の利用時間と調整できるか検討。
- 結果: データに基づいたターゲットと時間設定により、平日の午前中稼働率が向上し、収入増にもつながった。
-
事例の考え方2:維持コスト削減と効率化
- データ分析: 複数の地区公民館について、過去数年間の維持管理費(光熱費、修繕費など)と年間利用件数を比較。築年数や規模が近いにも関わらず、利用件数に対して維持費が著しく高い施設が複数あることが判明。
- データからの洞察: 特定の施設で非効率なエネルギー使用があるか、あるいは設備の老朽化が進んでいる可能性がある。また、利用率が極端に低い施設は維持費が相対的に割高になっている。
- 施策例: 維持費が高い施設についてはエネルギー使用状況の詳細調査や設備の点検を実施。利用率が極めて低い施設については、近隣の別の公共施設との機能集約や、民間への貸出・売却なども含めた抜本的な見直しを検討。
- 結果: データに基づき、非効率な施設運営や、今後のコスト増が見込まれる施設を特定。長期的な視点での施設再編計画の策定につながった。
これらの事例は、データが単なる数字の羅列ではなく、施設の現状を映し出し、課題解決のための具体的な方向性を示す羅標となることを示しています。
データ活用を成功させるためのポイント
- 完璧を目指さない: 最初から高度な分析や全てのデータの網羅を目指す必要はありません。まずは一つでも二つでも、重要なデータ項目から分析を始めてみましょう。
- 関係部署との連携: 施設の管理部署だけでなく、企画部署、財政部署、広報部署など、関係する部署と目的や情報を共有することが重要です。
- 住民の声も重要なデータ: 数値データだけでなく、住民アンケートやヒアリングから得られる定性的な情報も、データ分析の結果を解釈し、施策を立案する上で非常に役立ちます。
- 外部の知見も活用する: 必要に応じて、データ分析の専門家やコンサルティング会社、他の自治体の成功事例などを参考にすることも有効です。
まとめ:データ活用でより良い公共施設管理を
公共施設の管理・運営におけるデータ活用は、施設の現状を科学的に把握し、根拠に基づいた最適な意思決定を行うための強力な手段です。利用率の向上、維持コストの削減、そして最終的には住民サービスの向上へとつながります。
「データ活用」と聞くと難しく感じるかもしれませんが、お手元の表計算ソフトと、施設に関する様々な情報から、まずはできることから始めてみてください。小さく始めたデータ分析が、きっとあなたの地域の公共施設管理をより効率的で効果的なものに変える第一歩となるはずです。
データという羅標を手に、地域の公共施設を未来へつなぐ取り組みを進めていきましょう。